京本大我くんとエリザベート
今更かよ!って思ったでしょ?周期的にくる「京本くんのエリザベートが見たい病」がまさに今絶賛発病中で勢いで書いてます。
エリザベート?って方、長期による彼の金髪はこのミュージカルです。
プロフィールのSixTONES表記が嬉しい
滅多にミュージカル作品が映像化されない中、『エリザベート』が去年末待望の円盤化になった。待ちに待ったとはこのことで、注文が多すぎて一時発送が停止したくらい。 しかし、我々の願いも虚しく京本くんは収録されていません。なので、音声はおろか(CDもある)映像がどこにもない。21歳の、あのルドルフが残らないなんて、しかも幾度とないこの機会に残らないなんてミュージカル界の損失、事務所の大罪。
悔しいところもあるけど作品自体大好きなのでDVDは購入したし擦り切れるほど見ました。たぶんセリフ言える。 大好きで何回も見るんだけど、見るたびに京本くんもみたいなぁと思うわけです。もう記憶でしか会うことの出来ない京本くんのルドルフ。やっぱりどこかに残しておきたくて出番を書き出してみました。残したいことはたくさんあるけど今回は京本くん縛り。有名作品だし半年以上前だしメモも取ってないのでざっくりです。
〈Act1〉
scene1 死者と夢見人たちの夜の世界
♩我ら息絶えし者ども
みんなわかめみたいな布被ってる。死者だからね。「我ら息絶えし者ども」のルドルフのソロパートは1フレーズ。初めて聴いた時「誰だこれ…私の知ってるジャニーズの京本大我じゃない…」と脳天に一撃をくらって鳥肌がたった。
「ママと僕は似ている 分かり合える筈だった」
scene13 ハンガリー訪問
市民に紛れて旗持ってる。たまに旗から顔がみえる。双眼鏡タイム。
scene16 ウィーンの街頭
♩ミルク
市民に紛れてミルク欲しがってる。金髪が帽子からのぞいてるし、高貴さ隠しきれてないかわいい。好きな曲とシーンだけど双眼鏡タイム。
〈Act2〉
scene10 ホーフブルク宮殿の廊下
♩父と息子
ルドルフはここから死ぬまで舞台上に出ずっぱり。ルキーニの「ルドルフは成長!」で待ってました!となった後のルドルフ第一声で、「やっぱりこれは私の知る京本くんではない」とまた一撃をくらう。父と息子の政治的対立。
「ママと同じ意見が間違いだと言うの」
scene11 憎しみ(HASS)
♩憎しみ(HASS)
scene12 ルドルフの寝室(ホーフブルク宮殿内)
♩闇が広がる
ルドルフといえば闇広、闇広といえばルドルフ。城田優くんと、そしてあの井上芳雄さんと歌う京本くんめちゃくちゃかっこよかった。全然負けてなかった。闇広は低音で、京本大我=高音って思ってる方に聴いて欲しいし、みんなにいっぺん聴け!って差し出したいのに出来ないのが悔しい。あと闇広を聴いてしまってからジャニーズトップクラスの歌唱力という贔屓目がヒドイ。「王座」で毎回ゾクっとしてた。可愛いところは、トートに追い込まれて後ずさりするところ。怯えるうさぎちゃんみたい。
♩独立運動
トート(死)に誘惑され革命へと動くが失敗に終わってしまう。顔を歪め吐き出すように名乗る「ルドルフ…………………、…ハプスブルクッ」が映像に残ってないのなんで!!(地団駄) 興味深かったのは、父に裏切り者の烙印をおされた京本ルドの「父上………」と古川ルドの「父上ーーーーー!」が対称的だったこと。この一言だけでもそれぞれが解釈するルドルフ像が明確に表れていてダブルキャストの面白さにハマりそう。
scene14 ラビリンス(ホーフブルク宮殿内)
♩僕はママの鏡だから
京本くんのルドルフは子供のころからそのまま大人になったような純粋さがあって、だからこそパパにもママにも見捨てられてしまう様が余計に悲しくなってしまう。ママとは鏡合わせの似た者同士だと思っていたのに、拒絶され振りほどかれた手を見つめる姿はガラスにヒビが入ってしまったみたいだった。儚さと繊細さのルドルフ。
「ママも、僕を見捨てるんだね。」
scene15 マイヤーリンク
♩マイヤーリンク(死の舞踏)
大好きマイヤーリンク。美しさの真髄。ひょいって持ち上げられる京本くんめっちゃ軽そう。京本ルドルフはトートから拳銃を受け取ったあとフッと笑ってから死ぬ。子どものころトート(友達)に渡していたあの拳銃。苦悩や絶望からの解放の笑みなのか、美しさと狂気さが相まってゾッとした。死の接吻は城田トート、井上トートどちらも美しかったです。ただ城田トートとの身長差はズルい。
scene19 悪夢
♩悪夢
死者って形で踊ってる。死後である「我ら息絶えし者ども」や「悪夢」の京本ルドはずっと右腕を庇ってるんだけど、実際ルドルフには死後発見された時に右手が切断されていたという話もある。他にも左手、右手、どの場面でどちらを使うのか意味があるようで、もしかしてと思っていたら、
“我ら息絶えし者ども”や“悪夢”で、大我ルドが右腕を左手で押さえながら痛々しそうに歩く姿は無意識かそれとも?自らピストルを持った右手…死後に沸き上がったかもしれない悔恨…を意図した大我さんの確固たる役作りだったそうです。
右手の演技は、母への想い等が交錯したルドルフを象徴する意図的な見せ方だったとは。「神は細部に宿る」。名優、名舞台を評する言葉ですが、大我さんの進化と深化を続ける役作りに、それを感じ入りました。
(『シアターガイド』公式Twitter)
このこぼれ話は大千秋楽後。ゾクリとしました。
ルドルフの出番はこれで全部。メインは2部の後半約20分ほどだけど、エリザベートの運命を決定づける存在でもありシーンでもあり、この20分間はルドルフが主役ともいえる。
2015年は帝国劇場で、2016年は帝劇から始まり全国各地で上演された『エリザベート』。1992年のウィーン初演以降、日本では1996年に宝塚初演、2000年には東宝版が上演され、今までも絶大な人気を誇っている。エリザベートでルドルフ役を演じた子といえばミュージカルファンにはずっと通じるんだろう。それほどの大役を全うし、さらにジャニーズで二世でなんてものを跳ね返してみせた。
「この作品は僕の人生にとって分岐点とも言える作品で、とても光栄です。僕の中でテーマがありまして、皆さんの心に残るルドルフを演じようということです。(中略)僕のルドルフを忘れないでください。」
(千秋楽挨拶抜粋・帝国劇場)
「去年から初めてミュージカルの舞台に出させてもらって、ミュージカルが大好きなりました。(中略)またミュージカルに呼んでもらえるよう、これからも精進していきたいと思いますので応援のほどよろしくお願いします。」
(大千秋楽挨拶抜粋・中日劇場)
帝劇の千秋楽の時にはDVD化が決まっていた。だからこそ「心に残るルドルフ」が余計に響く。この才能をもっともっとみたい、彼はこのままここにいていいのだろうか、なんてお節介な心配をしてしまったくらいに。それでも、これは私がジャニーズが好きだからなんだけど、ジャニーズだからこそできることが必ずあると思ってます。私みたいにミュージカルは敷居が高いなって一歩踏み出せないでいる人たちにきっかけを与えれる力、ミュージカルに全く興味なかった人を誘う力、それこそ後輩に与える影響だったり、それはジャニーズだからこそだと思う。ジャニーズの可能性は無限大。ジャニーズであることの弊害もたくさん知ってるけど、そんなもの蹴散らす力が京本くんにはある。エリザベートを通してひしひしと感じました。どうかこの才能が見続けられますように願っています。
だから小池先生! 『エリザベート』再演の際にはまた京本くんでお願いします!あと『モーツァルト!』も待ってます!
観劇中ずっと「私の知ってる京本くんじゃない」って彼のお芝居が恐ろしかったけど、カーテンコールのお手振りのとき京本くんだけが胸元で両手をふりふりしていた。それがどうしようもなくわたしのよく知るきょもちゃんで、どこか少しほっとした。